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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9895号 判決

原告

佐藤徳太郎

ほか一名

被告

斉藤光行

主文

一  被告は、原告佐藤徳太郎に対して金七五七万四、三四八円、原告佐藤こがねに対して金五二万〇、一四六円及びこれらに対する昭和四九年一一月三〇日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の、その余を原告両名の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告は、原告佐藤徳太郎に対して金一、一〇四万九、六二〇円、原告佐藤こがねに対して金一〇七万七、九四〇円及びこれらに対する昭和四九年一一月三〇日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

一  原告両名の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告両名の負担とする。

との判決。

第二主張

(原告ら)

「請求原因」

一  事故の発生

昭和四七年一〇月二八日午後五時三〇分頃、福島市飯坂町平野字桜田二一の六、通称桜田交差点を、原告佐藤徳太郎が足踏自転車に乗つて通過中、被告運転の普通乗用車(足立五五ま五〇六二、以下「加害車」という。)に、はね飛ばされ、同原告は後記のとおり負傷した。

二  責任原因

被告は、法定時速五〇キロメートルのところを、これに違反し、前方不注視のまま時速六〇キロメートルで加害車を走行させ、右交差点で同車を原告自転車の側面に衝突させたものである。

よつて被告は、不法行為者として民法七〇九条により原告両名の後記損害を賠償すべき責任がある。

三  原告佐藤徳太郎の傷害の部位、程度、後遺症

本件事故により、原告佐藤徳太郎は、左下腿骨々折、頭部外傷、頸椎損傷等の傷害を蒙り、大原総合病院に、事故当日から昭和四八年四月二九日まで入院、伊藤整形外科に昭和四八年七月二日から同年一二月二五日まで入院、同年一二月二六日から昭和四九年一一月二二日まで通院、の各治療を受けた。

後遺症として、左下腿骨骨折後変形兼偽関節、頭部外傷頸椎損傷後椎骨動脈圧迫症候群、バレーリユウ症候が残存し、一下肢に仮関節を残し且つ神経系統の機能に障害があつて、服することができる労務が相当程度に制限され、自賠法施行令別表七級程度に相当している。

四  原告佐藤徳太郎の損害

原告佐藤徳太郎は、大正一〇年九月一五日生の男子で、会社勤めをしながら農業を営んでいたのであるが、本件事故により次の損害を蒙つた。

(一) 通院交通費 四万八、七一五円

伊藤整形外科、マツサージ師に通院するに要したタクシー代、バス代等の交通費

(二) 入院諸雑費等 九万五、一三七円

入院中に要した雑費、医師への謝礼、診断書代等に要した費用。

(三) 農事手伝料 四四万〇、五〇〇円

事故後の昭和四七年一一月から同四九年五月まで農業に従事できず、手伝を依頼したが、その手伝料合計

(四) 休業損害 二〇六万一、二五二円

昭和四七年一一月から同四九年五月まで勤務先会社を休業したことによつて失なつた給与、償与の合計

(五) 逸失利益 三六五万二、七三一円

前記後遺症により原告佐藤徳太郎は、その労働能力の五六パーセントを喪失したところ、その年収に鑑みこの後遺症による年間喪失額は六五万七、一三二円となる。今後七年間この金額を失うとみてライプニツツ方式により現価に引直すと右金額となる。

(六) 慰藉料 四五〇万

前記入・通院の期間、後遺症を考慮すれば、慰藉料として右金額が相当である。

(七) 損害の填補

本件事故に関し支給された自賠責保険金は治療費に充てたが、そのほか株式会社いすゞから八〇万円、鈴木正夫から五〇万円を受領しているので、この合計一三〇万円を原告佐藤徳太郎の損害に充当する。

五  原告佐藤こがねの損害

原告佐藤こがねは、原告佐藤徳太郎の妻であるところ、本件事故により次の損害を受けた。

(一) 休業損害 五七万七、九四〇円

原告佐藤こがねは飯坂シエル株式会社に勤務していたのであるが、原告佐藤徳太郎の付添看護のため昭和四七年一〇月二八日から同四九年五月三一日まで休業し、この間の給与を得ることができなかつた。

(二) 慰藉料 五〇万円

原告佐藤こがねは、夫の負傷により多大の精神的苦痛を蒙つた。よつて自己固有の慰藉料として右金額を請求する。

六  結論

よつて被告に対し、原告佐藤徳太郎は一、一〇四万九、六二〇円、原告佐藤こがねは一〇七万七、九六〇円及びこれに対する昭和四九年一一月三〇日(訴状送達の翌日)以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

「過失相殺の抗弁に対する反論」

事故現場は、ほぼ一直線で見通しの良い国道上であり、被告の傍見運転以外に事故原因は考えられず、被告の一方的過失によつて本件事故は生じたもので、原告佐藤徳太郎には過失はない。

(被告)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一項は認める。同二項は争う。同三項は不知。同四、五項中、損害の填補があつたことは認めるが、その余の点争う。

「過失相殺の抗弁」

本件事故現場は、幅員約一〇メートルの国道と幅員約五メートルの市道との交差点上で、被告は加害車を運転して右国道を米沢市方面から福島市方面に向つて法定の制限時速内の時速六〇キロメートル位で本件交差点に差しかかつたところ、この時国道と交差する右市道の左方から交差点を右折して対面進行する普通乗用車があり、原告佐藤徳太郎の自転車は、この車両の蔭から出てくるかたちで、前方右方の市道から交差点に進入して横断をはじめたのである。このため被告において同原告の自転車を認めるも直ちに急制動の措置を採つたが間に合わず本件事故が生じたものである。

自転車は車両の一種としての規制に服し、歩行者のごとく優先通行権はない。従つて本件の場合、原告佐藤徳太郎は、自転車を操縦して狭い市道から信号機のない交差点に進入し、広い国道を横断するのであるから、国道を通行する車両に充分注意して横断をすべき注意義務があり、特に前記右折車もあつたのであるから、一層の注意が要求される状況にあつた。そしてこの交差点での国道の見通しは良く、従つてかかる安全確認は容易だつたのである。

そうすると本件事故発生は、同原告の交差点の安全を確認しないままの自転車に乗つて加害車の進行が優先する道路を横断開始した過失も原因となつていることは明らかで、かかる同原告の過失は損害額の算定にあたり斟酌さるべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時、場所で本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

そこで被告の責任について検討するに、事故現場、衝突の模様は、成立につき争いのない乙第二号証の一ないし八、同第三号証、同第七ないし第一〇号証、被告本人及び原告佐藤徳太郎本人の各尋問結果を総合すると、

(一)  本件事故現場は、国道一三号線と市道との交差点上で、被告は加害車を運転して国道を米沢市方面から福島市方面に向つて進行しこの交差点に差しかかつたものである。

同所付近で国道は、車道の幅員七・一メートル平坦、直線で見通しは良く、コンクリート舗装され、事故時路面は乾燥していた。市道もほぼ直線であるが、斜めに国道と交差しており、加害車から見て左方は、前方福島市方向に進路を振りながら同市六角方面に向つており、右方は、米沢市方向に進路を振りながら福島市明神町方面に向つている。そして左方六角方面への道路の幅員は五メートル、右方明神町方面への道路は、交差点進入部分は一三メートルあるが、その先は四・五メートルと変形である。

この交差点の国道上、福島市よりに、ペンキで表示された幅三メートルの横断歩道が設置されているが、信号機は設置されていない。

(二)  原告佐藤徳太郎は自転車で市道を明神町方面から右交差点に差しかかり六角方面に向つて横断しようとしたが、国道を通過する車両があつたので、市道中央付近に自転車を止め、降りないで自転車を足で支えて待機したが、この時すでにうす暗くなつていた。

この時市道を六角方面から進行して来た車両があり、交差点入口で一時停止した後、国道を進行して来る車両がないのを見て、右折して米沢市方面へと向つた。

他方原告佐藤徳太郎も、右方福島市方面から進行して来る車両はなく、左方米沢市方面には一〇〇メートル位彼方に車のライト(加害車である)が見える状態になつたので、横断しようとしたが、その際右の六角方面から対向して来た車両が右折するのを確認し、それから発進した。そのため発進が一瞬遅れ、加害車は五〇メートル位の所まで接近していたのであるが、同原告はその点にさして気を配らないまま発進し、交差点中央、横断歩道の二メートル位米沢市よりの所を、自転車に乗つて横断した。そして国道中央車線付近に達した時に、左方から加害車が進行して来るのに気づき、急拠ハンドルを右に切つたのであるが、間に合わず、加害車前部右側と衝突してボンネツトにはね上げられ、そのまま約一五メートル走行し、停車した時に路面に投げ出された。

(三)  被告は、加害車を運転して時速六〇キロメートル位で本件交差点に差しかかつたのであるが、この時には既にライトを付けていて五〇メートル以上先まで見通せていた。そして交差点手前約一一〇メートルの地点で前方左方六角方面から進行してきて交差点入口で一時停止していた前記車両を認め、また国道沿いに設置された標識が目にはいり、前方に横断歩道の設置された交差点があることに気づいた。

ところが、右一時停止していた車両が交差点に進入した後に、さらに左方六角方面から進行して来て、交差点入口で一時停止した車両があり、被告はこれら車両の動静に気をとられ、前方交差点、特に右方についての注視が疎かとなり、右方に横断待ちをしていた原告佐藤徳太郎がいたのに気がつかなかつた。そのうち、その間に同原告が横断を開始して、交差点を右折して被告に対向して来る車両の後方に位置することになつたため、被告から原告自転車は見えなくなつた。

そのため被告は、横断中の者はないと判断し、減速することなく前記速度のまま加害車を進行させたところ、交差点を右折し、対向してきた車両とすれ違つた直後、前方約一五メートルの交差点中央を横断中の原告佐藤徳太郎を認め、急制動の措置をとつたが間に合わず、加害車を原告自転車に衝突させるに至つた。

以上の事実が認められる。

右事実からすれば、本件事故は、被告において前方に横断歩道の設置された交差点を認めながら、これに進入して右折対向して来た車両等に気をとられ、前方特に原告の停止していた右方に対する注視を怠り且つ減速しないまま交差点を通過しようとした過失に起因していることは明らかである。

もつとも原告佐藤徳太郎の加害車との距離の誤算及び通過車両の直後を横断した不注意もその原因となつているが、右認定のとおり加害車は約一〇メートルも横断歩道を通り越してからやつと停止しているのであるから、被告主張のごとく自転車が車両の一種としての規制に服するか否かにかかわりなく、本件事故の大半は、被告の過失に起因していることになる。

よつて被告は、不法行為者として民法七〇九条により原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

二  成立につき争いのない甲第一五、第一六号証、同第一八、第一九号証、同第二一号証、乙第四ないし第六号証、原告佐藤徳太郎本人、同佐藤こがね本人、の各尋問結果を総合すると、本件事故により原告佐藤徳太郎は頭部外傷(頭蓋底骨折、後頭部・頭頂部挫創、脳挫傷、右頭頂側頭部骨折)、左下腿骨々折、左下腿挫創、胸部打撲を負い、直ちに福島市大町所在の大原総合病院に運ばれたが、三週間近く意識不明であつたこと、その後同病院に昭和四八年四月二九日まで入院して脳神経外科、整形外科で治療を受け、退院後も同年六月二九日まで通院して治療を受けたが、足の工合が良くないので同年六月三〇日に福島市笹右中田所在の伊藤整形外科で診察を受けたところ、左下腿骨に骨折後変形及び開放骨折後の感染による骨髄炎を原因とする偽関節があり、他に左腓骨神経麻痺、頸椎損傷、バレーリユウ症候、右椎骨動脈症候群が認められるとのことであつたこと、そこで原告は同年七月二日に同病院に入院し、同月一二日に腓骨の一部を切除し、左脛骨を切つて変形の矯正、病巣の廓清し、且つ左腸骨より骨を採取して左脛骨に骨移植を行う手術を受けたほか、頸部等の異常につきブロツク、理学療法等を受けて同年一二月二五日まで入院し、その後も通院治療あるいはマツサージを受けていたところ、足については昭和四九年八月三一日に、その他については昭和五〇年四月一七日に症状固定とみなされるに至つたこと、しかし後遺症として足について労災等級一〇級程度の左下股の二センチ短縮、左前脛骨筋々力の低下及びそのためによる跛行、また挫傷痕、手術創痕による左腓骨神経麻痺、寒冷時等における左下腿部の疼痛があり、そのほか労災等級八級程度の、第七、第八頸神経領域の知覚鈍麻、右握力低下、内耳性難聴、頑固なめまい、頭痛があつて、現在でも睡眠薬等を服用していること、同原告は大正一〇年九月一五日生の男子で事故当時福島製鋼株式会社で工員として働きながら田畑約一町を借受けて農業に従事していたが、右入通院のため稼働できず、昭和四九年五月から再び工員として働くようになつたが右後遺症のため作業能率は下り、また残業が出来なくて、減給し且つ賞与が少なくなつたのみならず、農業に従事できなくなつたこと、原告佐藤こがねは、原告佐藤徳太郎の妻で、事故当時飯坂シエル工業株式会社に勤務していたが、夫の負傷による付添看護のため、昭和四九年五月頃まで再三欠勤を余儀なくされたこと、の各事実が認められる。

三  右事実を前提として原告らの損害についてみるに、まず原告佐藤徳太郎の損害は次のとおりとなる。

(一)  通院交通費 四万八、六七〇円

成立につき争いのない甲第一号証、同第二号証の一、同号証の二の一ないし六、同第三号証の一の一、二同号証の二の一、二、同号証の三の一、二、同号証の四、五、同号証の六の一、二、同号証の七の一ないし四、同四号証の一、同号証の二の一ないし五、同五号証の一ないし四、同六号証の二の一ないし四、同第七号証の一の一、二、同号証の二の一ないし四、同八号証の一、同号証の二の一ないし三、同号証の三の一ないし四、同九号証の一の一ないし一五、同号証の二、同号証の三の一ないし一八、同号証の四、五、同一〇号証の一ないし四、同一一号証の一、二及び原告佐藤こがねの本人尋問の結果を総合すると、原告佐藤徳太郎は、病院並びにマツサージ師の通院に際し、足が不自由なこともあつてタクシーを利用して右金員を支出したことが認められる。

(二)  入院雑費 九万五、一三七円

原告佐藤徳太郎の入院合計は三七〇日に及ぶところ、当時入院中一日三〇〇円程度の雑費を要することは公知の事実であるところ、同原告の請求はこれを下回つているので、当然理由がある。

(三)  農事手伝料 四四万〇、五〇〇円

成立に争いのない甲第二二号証、原告佐藤こがねの本人尋問の結果によれば、農作業に人夫等を雇い右額を支出したことが認められる。

(四)  休業損害 二〇六万一、二五二円

成立につき争いのない甲第二〇号証、原告佐藤徳太郎の本人尋問の結果によれば、同原告は事故後昭和四九年五月まで休業を余儀なくされ、少なくとも右金額の給与を失なつたことが認められる。

(五)  逸失利益 二五四万八、一六一円

原告佐藤徳太郎は、昭和五〇年五月以降再び工員として働き始めたものの、後遺症のため残業が出来ず、賞与が少なくなつたことは前記のとおりであるが、前記甲第二〇号証によれば、残業による損失は今後本給月額一〇万円余の一割五分にあたる毎月一万五、〇〇〇円(年額一八万円)、賞与の減収分は年額約一五万円と見込まれる。この合計三三万円を同原告は六四歳までの一〇年間喪失すると認められるので、これをライプニツツ方式により現価に引直すと右金額となる。

(六)  慰藉料 四〇〇万円

前記入通院の期間、後遺症を考慮すると、慰藉料として右金額を相当とする。

(七)  過失相殺、損害の填補

右合計は九一九万三、七二〇円となるところ、前記のとおり本件事故発生につき原告にも若干過失があるので、これを斟酌して一割の過失相殺をするのを相当とする。そうすると損害額は八二七万四、三四八円となる。

次に損害の填補として一三〇万円を受領したことは原告佐藤徳太郎の自認するところなので、これを差引くと損害は六九七万四、三四八円となる。

(八)  弁護士費用 六〇万円

本件審理の経過、認容額に鑑み、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、右金額をもつて相当と判断する。

四  次に原告佐藤こがねの損害についてみるに成立につき争いのない甲第二三号証、同原告の本人尋問の結果を総合すると、前記のとおり同原告は夫の付添看護のため勤務先を再三欠勤し、そのためその請求する五七万七、九四〇円の損失を蒙つたことが認められる。そこでこれから一割の過失相殺をした五二万〇、一四六円が本件事故によつて生じた同原告の損害となる。

なお同原告は固有の慰藉料を請求するが、前記の傷害及び後遺症の程度では、いまだ夫が死に比肩すべき状態となつた、とは認め難いので、認めることはできない。

五  よつて原告らの本訴請求のうち、原告佐藤徳太郎が七五七万四、三四八円、原告佐藤こがねが五二万〇、一四六円及び各金員に対する本件事故後である昭和四九年一一月三〇日(訴状送達の翌日)以降支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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